Rainbow*Chaser

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「…あいつ、泣かねぇんだよ」

人識が伊織のことをそう曲識に告げたのは、数時間前のことだ。
そして、人識は伊織の待つホテルへと向かっていた。
一人でいるときでくらい、誰も見ないのだから泣けばいいのに、と人識は思うの だが、彼女はおそらく人識のことを笑顔で迎えるのだろう。きっと、一人でいる 時でさえ。泣いたり、しない。
いつも、笑って。



「…そういえば」

あいつも泣かなかったよな、と人識は歩きながら小さく呟き、過去を回想する。
彼―それとも、彼女と表現すべきか―は、いつも笑っていた。
人識も自分もよく 笑うほうだとは思うが、彼はその比ではない。いつも楽しそうにしていた。無論 、それは人識を玩具にしながら、だったが。
それも彼が「強さ」の権現だったのだから、当たり前なのかもしれない。
涙なんて、弱さの象徴のようなものなのだから。
そう考えると、ずっと特異な環境で育ってきた彼と、ついこの間までごく「普通 」の生活を送っていた彼女を並べるなんて愚の骨頂なのかもしれない。
彼が泣か ないのは、当たり前。彼女が泣かないのが、異常。


しかし。
「泣けばいいのにな、あいつも―出夢も」

どうしてそんな言葉が出てきたのかは分からない。
泣いてほしい、なんて自分は まるで加虐趣味のようだという思いが浮かび、それと同時に自分は殺人鬼なのだ からある意味それも正しいのではないか、ととりとめもなく考える。
ふと我に返 ったときには自分は何て馬鹿なことを考えていたんだ、と自嘲の笑みが込み上げ てくる。
人識には彼の泣いている姿など想像もつかなかったし、泣くようなことがあると は思えなかった。
例えば、彼が溺愛していた妹と別れが訪れたとしても。…彼は、泣きはしないの だろう。
たとえそれが、どれだけ大切な人との別れであっても。


「…別れ?」

そこで、人識の頭に何かが引っ掛かり、足を止める。
彼は、いつも笑って、笑って、笑っていた。
だけど、一度だけ。
彼との――正確には、あのままごとのような生温く、だけど楽しかった日々との ――別れのとき。
彼は、笑っていなかった。
それは別れというより一方的に壊されたものであった。そのとき、人識は激昂し たものの、今になって冷静に考えてみれば、あの急な変化には、何か理由があっ たようにしか思えなかった。
しかし、それは今だから思えることであって、すでに手遅れであることくらい百 も承知だった。



あのときの彼の言葉は、まるで悲鳴のようだった。
顔を歪めて、激昂して、まるで世界全てが敵かのように周りを壊して。
あのとき の彼は。

――泣いては、いなかっただろうか。

もちろん、彼の目に涙が浮かんでいた訳ではない。
ただ、彼の心が悲鳴を上げていたような、そんな感覚を思い出した。
こんなの、ただ過去を捏造、あるいは美化してるだけなのかもしれない。
だけど、もし、もしそうだとしたら。

自分は、何かとても大切なことを見落としているような気がした。

今、彼は何をしているのだろう。
人識はぼんやりと、あの笑顔を思い浮かべる。
しかし、彼との繋がりが完全に切 れてしまった今、それはいくら考えても仕方ないことだった。
元々、最初の邂逅以来、人識が彼と会うのはいつも彼が人識を訪ねてきたときだ けだった。彼は人識の行く場所にことごとく現れた。
しかし、逆に人識が彼に会 いにいったことなんて一度もない。彼がいつもどこにいるかなんて知らなかった し、知ろうとも思わなかった。
人識は常に受け身だった。

だから、向こうが来なくなってしまえば、途端に彼に会う手段は絶たれてしまっ たのだ。
だからといって、出夢が来なくなったからわざわざ彼を探したりもしない。
別に 特別会いたいとも思わなかったし、時間が経つにつれて彼を思い出す回数も減っ ていった。


たとえば、俺が必死で出夢を探してたとしたら。
何かが、変わったんだろうか。


「…阿呆らしい」

何で今更そんなことを考えなくてはならないんだ。
人識は頭を振ってそんな考えを吹き飛ばすと、再びホテルへと歩き出した。




――彼の名を鏡の向こう側から聞くことになるのは、それから三ヶ月後のことで あった。



End



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人間人間を読んで勢いで書いたけど人間関係3を読んだあとだと矛盾ばかりですね;
でももったいないのであっぷしときます…

09.04.10  水霸



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