Rainbow*Chaser

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行くあても目的もあるわけじゃなく、ただなんとなく、夜道を歩いていた。
こんな時間となれば、車は通っても、流石に人は歩いていない。
歩いている人がいれば、うっかり解体してしまうかもしれないので、それはおそらく好都合なことなのだが。
万が一この場所で人を殺せば、まず命はない。あの赤色が今度こそ自分を始末しに来るだろう。
今はできれば死にたくないので、そんな無謀なことはしない。

しかし、やっぱり解体ができないことは、息苦しくはあって。
足を止めると、ごろり、と投げやりに草むらの上に寝転んだ。

空を見上げれば、満天の星が輝いていた。
その星々は、血や死体ばかり見てきた自分の目に映すには、少々綺麗すぎる気がして、目を細める。



「あ〜…そういえば今日、七夕だっけか。」

ほとんど日にち感覚も曜日感覚もないのだが、確か今日は7月7日、七夕…だった気がする。
七夕、というと何年か前に、兄貴がどこからか笹を持ってきて、「七夕をしよう」と嬉々して短冊を配っていたのを思い出す。
…確か、兄貴の願い事は「ツンデレの妹ができますように」だった。
(「人識が素直に『お兄ちゃん』と呼んで慕ってくれますように」、なんていうのも見たような気がしたが速攻破り捨て記憶からも抹消した。)
自分はといえば、別に願い事なんかなく、適当に書いたのでどんなことを書いたのか覚えていない。

今も別に、願い事なんて…


「あ〜……」
そこまで考えたとき、何でかふとあいつの顔が浮かんで。

「よっ、と。」

立ち上がって、ズボンについた草をはらうと、歩き出す。
今度は、ある場所を目指して。



* * * * * * * * * * * * * *



それはもう夜というより夜中に近い時間帯だった。
いくらこのアパートがオンボロだといっても、ただ歩くくらいなら格別大きな音は立たない。
尤もそれは気をつけていれば、の話だが。
足音を消すことくらいほとんど習慣になっている人識にとっては、造作もないことだった。

なるべく周りに音が響かないよう…とはいっても結構乱暴にドアをノックする。
2、3度ノックした後、扉の向こうから足音が聞こえてきた。




「……君には常識という言葉がないのか、零崎。」

若干不機嫌そうに眉を顰めた戯言遣いが、そこにいた。
まぁ、彼はいつも無表情なので、いつも不機嫌そうに見えるといえばそうなんだろうが。

「かはっ、俺に常識なんて言葉が当て嵌まるとでも思ってんのかよ。」
「法律は破っても常識くらい守れ。今何時だと思ってるんだ…。」
「んだよ、もう寝てたのか?」
「一般的な大学生はもう寝てる。」
「お前のどこが一般的な大学生なんだよ。お前ほど一般的っていう言葉が当てはまらねぇ奴はいねぇよ。」
「君だけには言われたくないね。ぼくは至極普通の善良な大学生じゃないか。」
「そう言い切れる理由を、80字以上100字以内で分かりやすく説明して欲しいな。勿論句読点込みで。  …と、こんなこと言ってたらずっとこのままここでしゃべることになりそうだな。
つーことで、あがらせてもらうぜ。おっじゃましまーす。」

と最後の方は早口に一気にたくし上げると、人識は部屋の住人に許可もとらず、ずかずかと部屋に上がる。

「本当に邪魔だよ…」
ぽつり、と戯言遣いは呟いた。





「で、こんな時間にたずねてくるなんて、何の用なんだ、零崎。」
「ん?別に用なんかねぇけど?」
思わず、眉間に皺がよる。
「用がないのに、こんな時間に押しかけてきたと?」
「あ、用がないわけでもないな。」
ぽん、と零崎は手を打った。

「しいて言うなら、暇つぶし?」

……奴の笑顔が、こんなに気に障ったのはおそらく初めてだ。
思わず無言で奴を睨む。

「って、ジョーダンだよ、冗談。」
「半分以上本気だったろ。」
「いやいやいや。本当はいーたんに会いたかっただけだったりして?」
にや、っと零崎は笑う。

「だったら昼間に会いに来い。」
しかし、そんな言葉も一刀両断。そんなので丸めこめられてたまるか。
つめてぇなー、と零崎はまたいつものようにかはは、と笑った。




「あー…そういえば、アパートの入り口のところに、笹が飾ってあったよな?あれって、七夕のか?」
「あぁ、うん。姫ちゃんがどこからか持ってきてね。折角だからみんなで短冊も書いて飾ったんだ。」
「ふーん…で、お前も書いたのか。」

意外そうに、零崎は呟く。
それは、おそらくぼくが短冊に願い事を書く、なんてことを無意味だとでも感じてると思ったからか、それともぼくには願いごとなんてないと思ったのか。
―――おそらく、両者であろう。

「まぁ、姫ちゃんが『師匠も書いてくださいよー!』って騒いでたからね。」
「で、何て書いたんだ?」
興味深そうに、零崎が尋ねてくる。
「うーん…特に思いつかなかったから、適当に実現できそうにない願い事を。」
「どんなだ?」
「『可愛いメイドさんをたくさんはべらせれますように』」
「……………」
軽蔑したような目で、零崎はこっちを見ていた。

「…言っとくけど冗談だよ?書いてないからね、そんなこと。」
「つっても今のは本音だろ。…だったら、なんて書いたんだよ。」
「さぁね。」
「教えてくれてもいいじゃねぇか。」
適当にはぐらかせてみると、不機嫌そうに零崎は口を尖らせる。





「………『誰かさんが会いに来てくれますように』」

ぽつり、と言葉を零すと、零崎は一瞬目を見開いて、唖然とした表情をしていた。
そんな表情の彼を見て、してやったり、みたいな気分になったようなならなかったような。


「なんて、これも嘘だけど。なんだい、その表情は?別に『君』が会いに来てくれるように、なんてぼくは一言も言ってないけど?」
「…っ!……刺すぞてめぇ」
一瞬頬が紅く染まったかと思うと、零崎は視線を軽く逸らして低い声でそう呟いた。
どうやら、怒っているらしい。…まぁ、当たり前だろうけど。


「悪かったよ。まぁ、書いてないにしても、この願い事は本当だしね。」

これは、戯言ではなく、本音。
心底、願っていたわけではないけれど。ただなんとなく、会いに来ないかなぁ…と、暇になればそればかり考えていた。
零崎の方に目を移せば、先ほどよりも頬が紅く染まってる。気がした。




「つーか、七夕の日にしか会えないんだよな、織姫と彦星って。」
勿論アパートからは空は見えたりしないけれど、天井の方を見上げながら、零崎はそう呟いた。

「あぁ、確か1年に一度だけ、だったね。」
どうして織姫と彦星がそんなことになったのか、そのいきさつは本か何かで読んだ気がするが…はっきりとは、思い出せない。

「よく我慢できるよなぁ…。」
「でも仕方ないじゃないか。天の川があって、会えないんだし。」
「でも、本当に好きだったら、辛いだろ。」

どこか切なげな、哀しそうな声で、零崎は呟く。
別に零崎は普通に云っただけで、ぼくにはそう聞こえただけかもしれないけれど。

「多分俺がそんな状況になったら、真っ先に相手殺すだろうな。」
そしたら、永遠に傍にいられんじゃん、と零崎は笑った。でも、それはなんとなく、哀しそうな笑顔に見えた。
「……そんな物騒な考え方するのはお前くらいだよ、零崎。」
あきれたような声色で、ぼくは呟く。彼らしいといえば、彼らしい考えだ。

「そうかぁ…?じゃぁお前はどうすんだよ。」
もし、鏡のぼくが同じ状況になったら、その時は――――

「そりゃ、ぼくは君と違って慈愛に満ち溢れて我慢強い人間だからね。1年、ちゃんと待つさ。」
戯言だけど、と心の中で最後に付け足す。
「あぁ、そうか。お前マゾだもんな。どんだけ辛くても逆にそれが嬉しいのか。」
「失敬だな。そりゃぼくだって好きな奴には毎日でも会いたいさ。
 でも生憎その相手は放浪ばかりでいつもどこにいるか分かったもんじゃないんでね。」
「……!?」
「戯言だけどね。」
今回は確信犯。先ほどの零崎の反応を見て、またこんなようなことを言ったらどんな反応をするか、気になった。というか、見たかった。




零崎の方を見れば、俯いて、顔を少し背けていた。
髪が顔にかかっていて、表情がうかがえない。


そして、少しの沈黙が流れた後、人識がぽつりと呟く。
「…お前だって、大学行ったりあの青い嬢ちゃんのとこ行ったりで、なかなか家にいない癖に。」
「……それは、ヤキモチかい?というか、そんなにぼくに会いに来てたんだ、零崎。」
は、と零崎は手で口を押さえる。その様子が可笑しくて、嬉しくて、僕は零崎に尋ねた。

「もしかして、昼間はぼくがいないから、夜中に押しかけてきた…とか?」
「…………」

無言は肯定、になるだろう。
実際、人識が彼のところに来たのは、思いつきではあったけれど、夜中ならば家にいるだろう、という考えも人識の中に確かにあった。

「…お前がなかなか家にいねぇのが悪ぃんじゃねぇか。放浪途中に京都に来たって、肝心のお前がいないんじゃぁ会えねぇだろうが。」
拗ねたように、零崎は呟いた。
その言葉を聞いて、思わず顔が緩みそうになる。

「それじゃぁ、なるべく家にいるようにするよ。織姫と彦星みたいに、1年に1回くらいしか会えなくて、君に殺されちゃかなわないからね。」
だから夜中に押しかけてくるのは勘弁して欲しいな、呟く。

「その代わり、お前の放浪癖もちょっとはどうにかなってくれると嬉しいんだけど。」
「そんなこと言うなら、ここに住ませろよ。」
「この部屋に2人住むのはきついだろ?と、ちょっと前までは思ってたけど…まぁ、考えてあげてもいいかな。」
「なんかその言い方ムカつくな。押し付けがましい。」
「ここに住みたい、って言ってきたのは君だろう?」
ジト目で睨んでくる零崎をほぼ無視し、言葉を続ける。

「まぁ、とりあえずお試し期間、ということで短期滞在でもしてみなよ。その生活環境によってぼくも考えるから。家賃と食費は徴収するけど。」
「なんだよ、俺今金ないんだよ。」
また拗ねたような口調で、零崎は呟いた。

「だったら稼いでからまた来い。人一人養ってやれるほどぼくは金持ちじゃないからね。」
「ったく、それが好きな奴に対する態度かよ。」
「愛だけじゃ人間生活していけない。」
先程より更に不機嫌そうな零崎の言葉も、一刀両断した。
「ま、それはそうだけど。」
と口では言っていても、彼の顔を見れば、納得していなさそうであった。

「じゃ、早く稼いで来いよ。なるべく合法的な方法で。」
「俺にそんなこと求めんなよ。ったく、仕方ねーな。」
かはは、と零崎は笑うと、立ち上がった。


「んじゃ、なるべく早く来るから。同居祝いにケーキでも用意して待っててくれよな」
「仕方ないな。気が向いたらね。」
ぼくは軽く肩を竦めると、そう言った。

「ったく、何で俺がこんなにお前の言うとおりにしなきゃいけねーんだよ。俺尽くすタイプとかそういう柄じゃないんだよ。」
「そりゃ、君がぼくにベタ惚れだからだろう?」
「あ〜ぁ、俺はなんでこんな嘘吐きで人でなしな欠陥製品を好きになったんだろうな。」
「ぼくもなんでこんな自分勝手で殺人鬼の人間失格を好きになったのか理解に苦しむね。」
「自分で言うなよ。」
「自分のことは一番理解できないものだよ。」
「それもそうか。」

このままでは、またもや不毛な会話が続いてしまうだろう。
お互い一旦口を閉じる。そして、零崎は玄関へと向かった。
靴を履くと、上着のポケットに入れていたサングラスをかける。
夜なのにサングラスをかける意味はあるのだろうか。…多分、ファッションなんだろう。

「じゃぁな、欠陥。俺のいない間に、浮気すんなよ。」
「君が早く来てくれればね。ぼくは君と違って結構モテるから。」
「勝手に言ってろ。」



かはは、と笑い、ひらひらと後ろ向きに手を振ると、人識はバタンと扉を閉める。
そして、階段をゆっくりと下りていく。



「あ〜…全く、俺一体何しにここに来たんだよ…」

そりゃぁ欠陥に会うためだけど、とすぐに自分で答えを出すのだが、なんとなく腑に落ちないような気がした。
それは、おそらく自分の気持ちが彼に届いているのか、そして彼の本当の気持ちが、はっきりとは分からなかったからだろう。

と、人識は足を止めて空を見上げた。
空にはまだ満天の星が輝いていたけれど、今度はそれが眩しすぎるとは感じなかった。
星を掴むことなんて、できないことは分かっていても。
手を伸ばせば、星に手が届くような気がして。
空に向かって手を伸ばす。

そして、ぎゅ、とこぶしを握り締めた。
その時、何かを掴めたような、そんな気がして。


『                  』


星々へのネガイゴトは、静かに暗闇に溶けていった。



End



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06.7.12  水霸



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